新潟地方裁判所 昭和46年(ワ)389号 判決 1972年10月31日
原告
渡辺マツエ
被告
長井工業株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し、各自九九万三、八八〇円及びこれに対する昭和四六年九月九日以降完済まで、年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告両名の連帯負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は
一 被告らは原告に対し各自一九〇万二、五〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに一項につき仮執行の宣言を求め、請求の原因として
一 原告は、被告会社パイル製造工場(新津市荻島三四〇番地一所在)の作業員としてHパイル製品製造業務に従事してきたものであるが、昭和四五年七月二九日午後三時四〇分頃、右製造工場屋外作業現場通路上でセメント屑等の清掃業務に従事していたところ、折から生コンクリートをクレーンに乗せるため後進してきた被告真柄の運転する被告会社保有小型ダンプカー(以下単に被告車という)の後部に激突され、右上腕単純骨折・肘関節挫創・両下腿挫創・頭部打撲・頭皮挫裂創・腰部挫創・左耻骨々折の傷害を負つた。
二 本件事故は、被告真柄が後方不確認のまま後進した過失により惹起されたものであるから被告真柄は民法第七〇九条により、また被告真柄が被告車を運転して被告会社の業務に従事中に惹起されたものであるから被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、それぞれ原告がこうむつた後記損害を賠償する責任がある。
三 本件事故により原告がこうむつた損害は左のとおりである。なお、入院期間中の休業損害もあるけれども、被告会社及び労災保険から被告の答弁四項4記載の休業補償金の支給を受けているので、本訴では右期間中のものを請求していない。
1 逸失利益 五万二、五〇〇円
原告は、被告会社の下請業者である皆川組所属の労務者として、一カ月中少なくとも二五日間は稼働し、一カ月当り二万六、二五〇円(日当一、〇五〇円)の収入を得ていたものであるが、本件事故のため、新潟中央病院退院の日の翌日である昭和四五年一一月六日から昭和四六年一月三一日までの八七日間、同病院への通院を続けながら自宅療養を余儀なくされた。そこで、右収入を基準として五〇日間の逸失利益を算出すると、右のとおりとなる。
2 附添看護費用 一二万円
原告は、本件事故のため一項記載のとおり傷害を負つて失神し、事故当日から退院日の前日である昭和四五年一一月五日までの一〇〇日間、新潟中央病院において殆ど身動きできない入院生活を余儀なくされたため、田中智子(原告の長女で豊栄市に嫁している)が右期間中原告の附添看護に当つた。
3 入院中の諸雑費 二万円
4 慰藉料 一六〇万円
原告は、本件事故による前記傷害のため、新潟中央病院への一〇〇日間の入院と約三カ月間の通院をせざるを得なくなり、かつ身体障害者福祉法施行規則第七条による別表第五の第四級に該当する肘・前腕・肩の関節運動障害の後遺症に現在も悩まされ続けている。かかる原告の精神的・肉体的苦痛を慰藉するには、一六〇万円を支払つても決して高額に失することはない。
5 弁護士費用 一五万円
原告は、本件の手数料として、弁護士風間士郎・同橋本保則に対し、各七万五、〇〇〇円を支払うことを約した。
四 そこで、右損害合計一九四万二、五〇〇円を請求すべきところ、既に被告会社から四万円を受領しているので、これを請求額から控除し、一九〇万二、五〇〇円を請求するものである。
よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めて本訴に及んだ。
五 被告会社の債務免除ないしは請求権放棄の主張事実は否認する。
と述べた。〔証拠関係略〕
被告両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として
一 請求原因一項の事実は認める。二項の事実は争う。事故の態様は次項に述べるとおりである。三項の事実は知らない。但し、原告の日当額が一、〇五〇円であつたことは認める。
被告車は次項に述べるとおり被告会社工場構内における生コンクリート運搬にのみ使用されていたのであるから、自賠法にいう運行に該当せず従つて同法三条の適用はない。
二 被告車は、バツチヤープラントから生コンクリートを積んでHパイル工場前のコンクリート製生コンクリート受容器に三分間から四分間位の間隔で運搬していたものであるが、右Hパイル工場前で方向を変えバツクしながら右生コンクリート受容器の前に至る道路であつたから、バツク運転に移ると車輪の真後は死角に入るのでクラクシヨンを鳴らしてバツクしていた。
被告車がこのような運転状況にあるので、工場内作業者は被告車が絶えず往復運転する通路内に立入らないよう注意し、もし立入つた場合には被告車の運行に注意して危険を感ずれば直ちに退避するのが常であり、又そのような注意をするのが常であつた。
ところが、原告は当日被告車運転の間を縫つて、他の二名と共に右生コンクリート受容器前で残土を整理中、クラクシヨンを鳴らしてバツクしてきた被告車に注意せず、他の二名が退避したにも拘らず、被告車の直後に止つていたため死角に入つて発見できず、クラクシヨンを鳴らしての往復作業のため当然原告が退避しているものと信じ、且つそのように信ずるのが当然の状態で運転中本件事故が発生したものである。
それ故被告真柄に過失はなく、被告らには本件事故の責任はない。仮に被告真柄に過失があるとすれば本件事故は原告の過失と相俟つて発生したものであるから被告らは原告の過失と相殺し、損害賠償額の減額を求めるものである。
三 本件事故に関し、被告会社と原告の代理人である夫との間で、昭和四五年九月一九日に示談が成立し、原告は被告会社より損害賠償として四万円の支払を受け、その他の損害賠償一切について債務免除ないしは請求権の放棄をした。被告会社は示談契約による四万円を支払つた。
四 本件事故に基因して原告は左の金員を受領している。そのうち5の休業補償は入院期間中のものに該当し原告が本訴請求外としているのでこれを除き、その余の1ないし3の合計一五万八、六二〇円は本件で損益相殺すべきものである。
1 被告会社から見舞金 二、〇〇〇円
2 労災保険障害補償一時金 一一万六、六二〇円
3 被告会社から示談金 四万円
4 被告会社から休業補償 三万七、三九三円
5 労災保険休業補償 四万八、四七九円
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
一 事故の発生と事故原因
請求原因一項の事実は当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、
1 被告車は新津市所在の被告会社Hパイル製造工場構内において、バツチヤープラントから生コンクリート受容器まで生コンクリートを運搬するためにのみ使用されていた無登録車両であり、また工場構内に限定された使用でその運転に免許を要しないことから、事故当時被告車を運転していた被告真柄は運転免許を有していなかつた。
事故当日、原告は被告会社の下請業者である皆川組所属の労務者として、コンクリート受容器及び被告車から落ちこぼれるコンクリート残滓の取り除き作業に従事しており、被告車はおおよそ四、五分間隔でバツチヤープラントと受容器の間を往復していた。被告車の運行経路は別紙図面に示すとおりであつて、バツチヤープラントを発進してAの地点で右折しB点で一旦停止、次いで後進左折して受容器に至るものであつた。
2 事故直前原告は同僚の田中トクと別紙図面C点附近で作業をしていたのであるが、田中トクは被告車が近づいてくるのに早くから気づいていて、被告車の後進開始時には被告車の進路外に移つて待避していた。ところが、原告は後進してくる被告車の物音にも気づかず、したがつて進路外に出て避けることもしないで作業を継続していたため、無警告で後進してきた被告車に接触転倒し後述の傷害を負うたことが認定でき
以上によれば、右の接触事故は被告車の後進進路内において作業中の原告らを認識しておりながら原告らの方で必ず待避してくれるものと軽信して、原告らに無警告かつ進路内の安全確認をしないで後進した被告真柄の過失と、車両の往復する場所での作業を余儀なくされていたのであるから、被告車の接近に注意して自ら待避すべきに拘らず、被告車の動静に注意するのを怠つた原告の過失とが相俟つて惹起したものと認めらる。なお、本件事故は作業所内における労働災害事故で、被告車の運転者の選任、被告車の往復する進路内における作業従事者に対する安全管理について、被告会社の配慮の足りなさも事故発生の大きな原因をなしているものと解されるから、原告の前述の過失は後記慰藉料額の算定の斟酌事情にはするが、その余の損害算定に当つては過失相殺として斟酌しない。
二 被告らの責任原因
1 前項の認定によれば、被告真柄は民法七〇九条の不法行為者として、また被告会社は被告車の運行供用者として自賠法三条により、それぞれ原告に対して損害賠償義務を負うものというべきである。被告車は道路に該らない被告会社工場構内においてのみ使用されていたものではあるが、無登録車であつても自賠法・道路運送車両法にいう自動車に該当することはいうまでもなく、また用い方そのものも当該装置に従つたものであるから自賠法にいう運行に該当すると解するに何ら支障はない。なるほど、道路運送車両法では道路以外の場所においてのみ使用する場合を運行の定義から除いているが、自賠法にはかかる除外規定はないし、また立法目的が彼此異にするのであるから道路運送車両法に除外規定があるからといつて、自賠法の場合もそれと同一に解すべき合理的な理由にはならない。したがつて、本件の場合自賠法の適用がないとする被告会社の見解には賛成できない。
2 被告会社は、本件について昭和四五年九月一九日示談が成立し、原告は損害賠償として四万円の支払を受けるほか他の一切の損害について債務免除ないしは請求権の放棄をしたと主張する。証人佐藤茂良は同趣旨の証言をなし、また〔証拠略〕にも同趣旨に理解できる記載がある。
しかし、〔証拠略〕によれば、原告の夫渡辺証人は、被告会社の担当職員から本件は労災事故であるから労災保険給付がでるとの説明を受けると共に、病院関係等諸経費支払の領収書を一カ月分毎にまとめて被告会社に届けるよういわれていたので、その言に従つて領収書をまとめて被告会社に提出していたところ、昭和四五年九月一九日に被告会社から佐藤茂良証人が原告宅を訪ね、渡辺正明証人に現金四万円を交付し同証人から乙第一号証の領収書に捺印を得て帰つた。四万円の額は渡辺証人から提出されていた領収書で示された原告の支出の合計額が四万円に極めて近いものであつたことから、被告会社において区切りのよい額に切上げたものであつたが、右四万円の交付に際し今後労災給付以外に損害賠償請求をしないでほしい旨の申入れを特にしたわけでもなかつたのである。渡辺証人にしてみても、後遺症の有無の予測はつけ難かつたが、医師の話から原告の入院治療期間が三カ月に亘るであろうと予想していたし、毎日の支出も気がかりのことであつた。したがつて、病状の見通しがついていないうえ今後の支出がいくばくになるかも判断できない状況下で、原告の夫が労災保険給付外の四万円の支払で本件事故による損害賠償一切を示談解決することは、余程の事情がない限り経験的にあり得ないことといわねばならないが、かような意味における特段の事情は本件には存在しない。渡辺証言は乙第一号証の但書文書の記入は当時なかつたというが、乙第一号証の記載の形状及び佐藤茂良証言に徴すると、但書文言は当初から記載されていたものであると認める。渡辺証人は佐藤証人から全面的な示談解決を強調しまた但書文言について特に注意をうながす趣旨の話がなかつたので、乙第一号証が単純に四万円の領収書とのみ思い込んで捺印したのである。
以上の事実関係に鑑ると、被告会社から四万円が支払われた際に、原告に代つてこれを受領した渡辺証人との間には、被告会社主張のようなその余の債務免除ないし請求権放棄を含む示談契約は成立していないと解するのが相当である。要するに本件事故による全損害に比し少なからぬ額の債務免除ないしは請求権放棄を伴うのであるから、被告会社において示談契約を締結するに当つては、手続的にもより一層慎重な方法を選ぶべきであつたにも拘らず、結果の重大さに比し極めて慎重さを欠いた不適切な方法で乙第一号証の捺印を得たというべきである。それ故に、乙第一号証及び佐藤証言があるからといつて、被告会社の主張事実を肯認することはできないというほかなく、前記抗弁は理由がない。
3 被告会社が自賠法三条但書によつて免責されないのはいうまでもない。被告真柄に前記過失のあることが認定できるからである。
三 損害
〔証拠略〕によれば、本件事故による原告の受傷は、右上腕単純骨折・右肘関節挫創・両下腿挫創・頭部打撲・頭皮挫裂創・腰部挫創・左恥骨々折であつて、新潟中央病院に昭和四五年七月二九日より同年一一月五日まで入院治療、翌六日から昭和四六年一月三一日まで通院治療(実日数は不詳)を受けたが、昭和四六年一月二七日における診断では右肘関節伸長一〇五度・屈曲七〇度、右肩挙上後方五〇度・前方一〇五度の障害を遺していること、右の障害の程度は自賠責保険障害等級の一〇級に該当すると解されるところ、これがため原告は重労働に就くことは困難ではあつたが、家事は普通に処理できるようになつたほか、昭和四六年四月以降近くの市場に勤めて揚げ物の仕事に従事していることが認められる。
1 休業損害、認定額五万二、五〇〇円
事故前における原告の稼働日当額が一、〇五〇円であることは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば原告は被告会社の下請業者である皆川組所属の労務者として一カ月のうち二五日は稼働していたから、前述の通院期間中の休業損害は原告の主張額五〇日分五万二、五〇〇円を下廻ることはないと解される。
2 附添費用、認定額一〇万円
〔証拠略〕によれば、中央病院の入院一〇〇日間の附添に原告の長女田中智子が附添つた。その附添費用は一日につき一、〇〇〇円を相当として認める。
3 入院中の雑費、認定額二万円
雑費として入院一日につき二〇〇円を相当と解する。
4 慰藉料、認定額九〇万円
前述の事故の態様、後遺症の存在その他諸般の事情を考慮して九〇万円を相当とする。
5 損益相殺
原告が本件事故に関して受領した金員が被告ら答弁四項1ないし4のとおりであることは当事者間に争がないところ、入院期間中の休業損害は原告が労災保険給付があつたことから本訴において請求していない。そこで本件で損益相殺の対象とすべき給付等は被告らの答弁四項1ないし3の合計一五万八、六二〇円であり、したがつて本項1ないし4の損害額から右相殺分を控除すると残額は九一万三、八八〇円となる。
6 弁護士費用、認定額八万円
諸般の事情を考慮すると弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係ある損害は、右損益相殺後の損害額の約九%弱に該る八万円と解するのが相当である。
四 結び
以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告両名に対し各自九九万三、八八〇円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四六年九月九日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し(なお、両名の債務は不真正連帯債務関係にある)、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条・九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項に則り、主文のとおり判決する。
(裁判官 正木宏)
別紙図面
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